こちらは、「よはくの本やさん文学祭」に応募した私の創作童話『銀の森の狼女王』の本文掲載ページです。
よはくの本やさん | 棚貸し専門店(@yohaku_no_honya)
札幌市中央区のシェア型書店「よはくの本やさん」が4月に実施した棚オーナー参加企画「よはくの本やさん文学祭り」。

この物語は、嶽本野ばら氏・高橋真琴氏による名作絵本『うろこひめ』に出会い、その圧倒的な世界観に強い衝撃を受けたことから生まれました。
あまりに強い物語の力に触れて心が支配され、私自身の「余白」がなくなってしまったような感覚を覚えたとき、そのざわつきを整理し、再び心に静かな余白を取り戻すために、あえて『うろこひめ』の「その後の物語」を紡ぐという選択をしたのです。
別の記事で詳しくご紹介している「作品の背景と想い」やYouTube「朗読・いぬい堂」様での素晴らしい朗読と合わせて、文字でもゆっくりとその世界に浸っていただければ幸いです。
【朗読】「銀の森の狼女王さま」作・キラメキログ/よはくの本やさん文学祭り
それでは、どうぞ。
銀の森の狼女王さま
むかし、むかし。小さな国の、大きなお城に、世界中のだれもがうっとりするほど、美しいお顔をしたお姫さまが住んでいました。
けれど、その美しさは魔法の力。森に住む魔法使いが、蛇の命と引き換えに、お姫さまにあたえたものでした。
お姫さまの背中には、銀色に光る蛇のうろこが、びっしりとはえていました。六日にいちど、人間を食べなければ魔法がとけてしまう、恐ろしい呪いのしるしです。お姫さまが魔法を求めたのには、あまりにかなしい、秘密のわけがありました。
お姫さまは双子で生まれてきました。お姉さまは、おどろくほどに美しい赤ちゃん。けれど、妹のお姫さまは王さまと王妃さまが顔をそむけるほど、とてもみにくい姿でした。
「わが国には、うつくしい姫がひとりいればじゅうぶん」
そう言って、二人は妹のお姫さまを、生まれなかったことにしました。そして、城のいちばん奥にある、塔のてっぺんの、小さくて暗い部屋に閉じ込めたのです。妹のお姫さまの存在を知っていたのはしっそで冷めた食事を運んでくる、ばあやだけでした。
塔の小部屋には、窓がひとつだけありました。格子のはまった、小さな窓。妹のお姫さまはいつも、ひとりでその窓から空を見上げていました。
ある日、お城で大事件がおきました。
料理長がお姉さまの大好きなメロンと松茸のジュースを作ろうとして、松茸と間違えて、毒キノコを入れたジュースを作ってしまったのです。それを飲んだうつしいお姉さまは、あっという間に死んでしまいました。
王さまと王妃さまはもうすぐ姫の15才の誕生パーティーを開いて、花婿になりたい王子さまに集まってもらう予定でした。お姫さまが結婚して子どもを作らないと、国をおさめるものがいなくなり、困ったことになってしまいます。王様と王妃さまはあわてて森の魔法使いを呼び出しました。
「パーティーの日だけでも、死んだ姫を生き返らせてくれ!」
魔法使いは静かに首を振りました。
「死んだ人間を生き返らせることは、誰にもできませんよ。……ですが王さま、あなたたちは忘れているのではありませんか? あの塔のてっぺんにもう一人の娘がいることを」
王さまと王妃さまはすっかり「みにくい娘」のことを忘れていました。
閉じ込められていたお姫さまは、魔法で、死んだお姉さま以上に美しくなりました。
王さまと王妃さまは大喜びしました。
美しさを手に入れた妹のお姫さまは、三度結婚しましたが、三回とも夫をジュースにして飲んでしまいました。愛されることを知らずに育ったお姫さまは、愛し方も、愛され方も、だれにも教わらなかったのです。
国中が深い雪に包まれ、すべてが白一色に染まったある日のことです。
北の国から銀色の瞳を持つ森の王さまの狼がやってきました。狼の言葉がわからず、困っているお姫さまの前に、あの魔法使いがあらわれて
「満月の夜に狼の姿になってしまうかわりに狼の言葉がわかる魔法をかけてあげましょう」と言いました。お姫さまは「なんて恐ろしい条件だわ!」と笑い、また魔法使いに魔法をかけてもらいました。
狼は、お姫さまのうろこを見てもちっとも驚きませんでした。それどころか、お姫さまの代わりに人間を狩り、その肉を差し上げると約束したのです。お姫さまはもう森に罠を仕掛けて人間を捕まえなくてもいいとばあやと喜び合い、狼と結婚することにしました。
お姫さまはふだんはお城でくらし、満月の夜になると狼の姿になって狼の夫に会いに行きました。森の草花の香りや、狼のあたたかな体温がお姫さまの心をやさしく包みこみました。
しばらくして、お姫さまにふたごの赤ちゃんが生まれました。
ひとりは狼の耳と銀色の瞳を持った、元気な男の子。もうひとりは、お姫さまと同じ、銀色のうろこをもつかわいい女の子。
ふたごの姿を見た王さまと王妃さまは、腰を抜かして叫びました。
「なんて気味の悪い子どもたちだ!あの塔の小部屋に閉じ込めてしまおう。」
となりにいた狼の王さまが、おそろしい声でうなりました。
「わが子をきずつける者は、ゆるさない。かみ殺してやる」
けれど、お姫さまはしずかに狼を止めました。
すると、また魔法使いがどこからともなく現れ、お姫さまに問いました。
「お姫さま、わたしの魔法で子どもたちを人間の姿にしましょうか?」
お姫様は首を振りました。
「いいえ、魔法はいりません。この子たちはこのままで完璧にうつくしいのですから」
そして、王さまと王妃さまに告げました。
「わたくしを閉じ込めたあの部屋に、こんどはあなたたちが入りなさい。」
お姫さまは二人を塔へと送りました。泣いてゆるしをこう二人に、お姫さまは最後の一言をのこしました。
「あなたたちが、わたくしのことをまるで忘れていたように、わたくしも、あなたたちのことはわすれます。」
王さまたちを忘れたお姫さまの心の中には、狼が初めてやってきたあの雪の日のような、真っ白できれいなよはくが広がりました。
街の広場をお姫さまはうろこの娘の手を引き、狼の耳の息子を背中に乗せた狼の王と歩きました。ざわめく群衆に向かって、お姫さまは凛とした声で告げました。
「この子たちの姿を気味悪がるのは、あなたたちの心に恐れという醜い魔法がかかっているからです。わたくしの国では、この姿こそが誇り高く、美しさの証。もしこの子たちを醜いと言うのなら、どうぞ、あの塔へ去りなさい。」
お姫さまは狼の王と一緒に、森の中で子どもたちと遊びました。
狼王子が草の上をゴロゴロ転がるとお姫さまは「なんてかわいいの」と一緒に転がり、笑いました。蛇姫のうろこが木漏れ日をあびて宝石のように光ると、お姫さまは「なんてうつくしいの」と何度も抱きしめました。その様子を木陰から見ていたばあやは「ああ、よかった。本当によかった」と、しわくちゃな顔をなみだで濡らして喜びました。
けれど、その頃のことを、少しだけ話しておかなければなりません。
王さまと王妃さまは美しい姉のお姫さまが大好きだった「メロンと松茸のジュース」を高いお金で世界中に売っていました。お金はどんどん入ってくるので、お城の国はどの国よりも裕福でした。国民たちからは税金を取らず、生活に必要なものはただで分け与えていました。
きれいなドレスを着て、うつくしさを競い合う。それが、この国のしあわせでした。
それはとても静かな腐敗でした。
王さまと王妃さまが塔へ去ると、「メロンと松茸のジュース」はもう作られなくなりました。他の国の人たちも森の狼王子と蛇姫を恐れて、お城の国には近づかなくなりました。
お城も、街も、だんだんボロボロになっていきました。街の人たちは、お腹をすかせ、どうしたらいいかわからず、ただ震えていました。
そこへ、立派に成長した狼王子と蛇姫が現れました。狼の耳を持つ青年が、大地を踏みしめるように歩いてきました。銀色の瞳は迷いなく、まっすぐ前を見ていました。その隣に銀色のうろこをまとった美しい娘がしずかに寄り添っていました。風が吹くたび、うろこが光り輝き、まるで光そのものが歩いてくるようでした。
街の人たちは、息をのみました。おそろしいとは、思いませんでした。ただ、目が離せませんでした。
「見てごらん。知恵を使えばお腹いっぱい食べられるんだよ。」
狼王子は、鋭い鼻で土の中の根っこを見つけ出しました。蛇姫は、しなやかな体で木の枝の果実をとってみせました。
「いっしょにやってみよう」と、ふたりは笑いました。
「自分の足で立って森の声を聞いてごらんなさい。森には豊かな実りがあるのよ」
蛇姫の言葉に、街の人たちははっと目を覚ました。それまで、誰かが何かをしてくれるのを待つだけだった人たちが、自分の足で森へと踏み出したのです。
狼王子に教わり、川に飛び込んで魚を捕まえました。蛇姫に教わり、病気を治す不思議な薬草を摘みました。夜になると、みんなで火を囲んで笑いました。
そこへ、ずっと森の奥で隠れるように暮らしていた魔法使いも、ひょっこり顔を出しました。
「人間たちが森の知恵を学ぼうとするなんて珍しいこともあるものだ。」
魔法使いはいたずらっぽく笑うと、得意の魔法で、石ころをキラキラ輝くクリスタルにしてみせました。かつては魔法を恐れていた街の人たちも「物知りな魔法使いさん」と呼び、知性を持って自然と対話することを魔法使いからも学びました。木を一本切るときは森にお礼を言い、川の水を汚さないように大切に使う。そして、魔法使いのことも尊敬するようになりました。
街の人たちは家を直し、畑を耕し、狼の遠吠えが聞こえると、「明日は雨だ」とだれかが言いました。鳥が鳴けば、「あっちの谷にイチゴが実ったよ」と教え合いました。
動物たちが街に遊びに来られるように、生け垣には花の咲く木を植えました。
「見て。この毛布。森の羊さんが毛をわけてくれたんだ。あたたかいよ」
「今日のスープはみんなで摘んだキノコがたっぷりだよ。世界で一番おいしいね。」
狼と人間、魔法使い、そしてすべての生き物たちが等しく尊重し合う。そこにはドレスや贅沢を自慢する人はもういません。
それは、自分たちの手で作る、新しい国のはじまりでした。
その様子を、お姫さまと狼の王、そして年老いたばあやが、まぶしそうに眺めていました。
「ああ、なんて良い国になったことでしょう。」
ばあやは、しわくちゃな手でお姫さまの手を握り、またまたうれし涙をこぼしました。
街の人たちは、声を合わせて叫びました。
「ばんざい!!わたしたちの狼王さまと女王さま、ばんざい!」
「狼王子さま、蛇姫さま、ばんざい!」
「この新しい国に、永遠の栄光あれ!」
こうして「銀色の森の帝国」が生まれました。
その歓声は遠く離れた塔のてっぺんにも届いていました。小さな部屋に閉じ込められた王さまと王妃さまは、窓の外の、遠い森の明かりを眺めました。聞こえてくるのはかつて自分たちが「みにくい」と捨てた娘を、国中の人々が讃える歌声です。しずかな部屋の中で二人はただじっとその声を聞いていました。
ずいぶんたったある夜のことです。
満月が、森の木々をやわらかく照らしていました。狼の王が、遠くで一声吠えました。するとどこからか、動物たちの声が、それに応えました。
銀色の森の帝国の女王さまになったお姫さまは、月の光を浴びながら目を閉じました。
草の匂いがする。
土がまだあたたかい。
遠くで、子どもたちの笑い声がする。
これが、この国でいちばん美しい女王の、しあわせでした。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語に込めた創作の裏話や、私自身が「心の余白」を取り戻すまでの想いは、別の記事にて詳しくお話ししています。
また、この世界を素晴らし声で表現してくださった「朗読・いぬい堂」のYouTubeでの朗読動画もご紹介していますので、ぜひあわせてお立ち寄りください。
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